アンセル・アダムスと大原治雄  ゆらぎ、は写る

先日閉展間近の二十世紀の巨匠 美と崇高の風景写真家 アンセル・アダムスを見に行きました。この業界にいる人で知らない方はいないであろうアンセル・アダムス、まさに二十世紀の巨匠です。現在の写真を写真たらしめた偉人の一人です。

特にヨセミテ国立公園での一連の写真が有名ですね。写真展というのは存命の写真家が行うのであればセレクトに写真家が関わるのでしょうが、亡くなった著名な写真家の写真展は主催者と所有者の諸々があり一部の時期やテーマを拡大した展示になるか、総花的になるのでしょう。今回アンセル・アダムス展のセレクトはどちらともいえず、それだけ開催をすること自体難しかったのではないでしょうか。それでも大変盛況で、アンセル・アダムス展にこれだけの方がいらっしゃることそのものが写真文化もまだまだいけるなぁと思います。

さて実はこの日の一番の収穫は同フロアで開催されていた「ブラジルの大地に生きた写真家・大原治雄」でした。

ずいぶん前に直接プリントで拝見したことがあるのですが、昨年NHKの日曜美術館で特集されていました。写真家の平間至さんや日美のディレクターの方のトークショーがあったようです。

写真というのは時間を止めて情景を定着させます。止めたうえで物体や風景の静謐さを焙りだす方法と、止めたからこそ動き出す躍動や思念、記憶や時間を写す方法があると思っています。いみじくも今回の両展は対照的でした。アンセル・アダムスの今回のセレクトは前者に偏っていましたし、大原治雄はそもそも後者です。

私は写真の良しあしというのは止めたからこそ動き出す「ゆらぎ」が写っているかだと思っています。見ている私の時間は止まっていません。常にゆらいだ状態で見ているのですから一枚の写真の前で私のゆらぎと写真のゆらぎがシンクロする体験そのものが写真とすら思っています。

やっぱりモノではなくコトが好きなんです。素敵な写真は必ず「ゆらいで」います。ゆらぐ体験をしに写真展へ皆さんも行ってみてはいかがでしょうか。

1月のX Photo Laboratory

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です