写真にする必要があるから写真になる

以前に勤めていた某F社では東京以外でのセミナーもよく任されまして、全国お邪魔致しました。たまになんですがそこで人生の先輩の方が写真を見て欲しいと仰るので拝見していました。

セミナーの目的がカメラに寄っていたのでそこで講評をするのも野暮かと思い、へぇ~、はぁ~といいながら拝見したものです。

やはり圧倒的に多いのが「風景」と「花」です。やはり都市から離れると「スナップ」や「ポートレート」を撮る方は激減するんだなぁと思いつつアルバムのページをめくります。小さなアルバムをめくるたびにいつも疑問に思ってしまうんです。

これって「写真」にする必要ってあるのかしらん~~~

以前あるセミナーで参加者の女性がどうしてもイルミネーションをうまく撮る事が出来ない。どうしたらいいでしょう?という質問をなさっていました。もう少しお話を聞くと「うまく撮る」ということとポスターなどで使われるプロのイルミネーションの写真が「同じ」になっているようでした。さらに先日撮ったというイルミネーションのお写真も見せてもらいました。

んんん、まず撮ることを止めてもう一段、二段感動したらいいのではないでしょうか。

山の写真や花の写真を見てても思います、まず撮らずにもっと「素敵」と思えばいいのでは?そう思えなければそれは「写真」にする必要がないのではないでしょうか。素敵と思っていないものを素敵に撮るのはプロの方にお任せしてはどうでしょう。プロではないからこそ、想いのままの写真になるのは至極当たり前のことなんです。

「記録」写真がだめなわけではないのですが、「記録」とはその人から見た記録なので正直他人と共有するのは難しいんです。その方の親戚との記念写真を見せられてもたいてい気持ちが動きませんよね?それはその方個人の記録だからです。

人に見せる「写真」というのは何かを共有できなければ想いの伝達は出来ません。そう「想い」なんでしょうね。その「想い」の量がまず何よりも大切なのではないでしょうか。それを伝わりやすいようにする「技術」は後から何とでもできます。まず目の前の花への感動の量が、周りを取り囲むイルミネーションの感動の量が、山の頂上での雄大なパノラマへの感動の量が何よりも大切なのかと。それが十分に満たされてからやっとカメラに手を伸ばし、その感動の量が「写真」に成り得ないのだとしたらさっさと諦めるくらいの状態でないと「良い写真」は撮れないかと。

私は撮影現場でよく諦めます。これ以上撮っても無意味というリミッターが働いたらすぐ中止にします。自分の心以上のものは撮れないのですから。自分のイメージに撮らされているのなら相当粘りますが、そのイメージにワクワクしないのならそもそも何をしているのかすらわからない行為だと思うんです。だからにべもなく諦めます。諦めてカメラすら鞄に仕舞います。それでいいんです。

要するに良い写真というのはその人以外の人が規定するものです。じゃあ何を規定するかといえばそこには写っていない「想い」を規定するのではないでしょうか。

写真には写らない、美しさがあるから~~~~~~~~

どこに?

それが撮影者の感動の量、想いの量かと。そのエネルギーを持って撮影するからこぼれるのだとおもいます。

この花が本当に美しく、その美しさを撮りたいのなら必ずその美しさをカメラに格納するために七転八倒するはずなんです。その傷跡みたいなものが言語なき会話の端緒になるはずなんです。それが「良い写真」となるのかと。

結局「良い写真」とはなにがしかの形容詞がつくはずです。寂しい、侘しい、楽しい、猛々しい、嬉しい等々。実はそれを誰よりも思っているのが撮影者だということです。

私は素敵な写真を撮るカラクリとはこういうことだと思っています。なのでカメラや機材に撮らされているのはもったいないことだと思うし、誰かの真似をするのは自覚的でないといけないのだと。

ですが一番大事なのは撮影者の心の豊穣につきます。写真は「文化」なのですから「豊穣」ありきなのは実は当然なんです。花を愛で、土地を愛で、人を愛で、街を愛で、家を愛で、雨を愛で、風を愛で、時を愛で、そこでしかありえない一瞬を愛でる。それが人によっては書になり、壺になり、踊になり、詩になり、唄になり、演劇になり、映画になり、写真になる。
要するに「愛の量」ってところですかね。それなくしては何もないですかね。

百人一首の小野小町の歌にこういうのがあります。
~花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに~

意味は検索すればすぐに出てきます。で、その意味通りなら「侘しさ」ということで一段アップ、でもだからこそ森羅万象を愛でていこうとポンプアップ出来たら最高ですね。三段アップです(笑
私自身も三段アップの状態でシャッターを切りたいですし、その状態で撮られた写真を見たいです。それは多分「素敵」な写真でしょうから。

今後のX Photo Laboratoryのスケジュール

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